よく、同業のカメラマン仲間や、これから起業したいという方から「どうやって今の働き方にたどり着いたの?」「カメラを始めたきっかけは?」と質問されます。
実は私、今までに何度も「もうカメラマン辞めよう!」って思って、機材を全部売って手放した時期があったんです。でも、なぜか全く同じカメラが手元に戻ってきたり、売ったと思ったらさらにいい機材が格安で手に入ったり……本当に不思議なんですけど、カメラの方から私のところへ帰ってきちゃうんです。
最近はもう「あ、神様が私にカメラマンをやれって言ってるんだな」って諦めて(笑)、これは私に与えられた使命なんだなと思って、お仕事をさせてもらっています。
そんな私とカメラの不思議なご縁。一番古い記憶を辿っていくと、ある幼い頃の出来事にたどり着くんです。
あれは小学1、2年生の本当に小さかった頃、家族で宮城の蔵王にあるえぼしスキー場へ行った時のこと。父と一緒にリフトに乗ったんですが、1mくらい上がったところで、私、リフトから転落して雪の中に落ちちゃったんです。
視界が真っ白になって何がなんだかわからないパニック状態の私に、急に母の顔と手が飛び込んできました。近くで写真を撮っていた母が、私の危機に気づいて身を挺して飛び込んでくれたんです。
リフトの高さが低すぎて急停止しなくて、私が潰されたり他の人に蹴られたりしてしまうかもしれない危ない状況だったんですが、母は安全用のロープを飛び越えて、私に覆いかぶさって守ってくれました。
その後無事に救出されて、ホッとお昼ご飯を食べていた時のこと。「あれ?お母さん、写真撮らないの?」って聞いてみたら……私を助けるために雪に飛び込んだ衝撃で、母のカメラは壊れて動かなくなってしまっていたんです。
4年前に母は亡くなってしまったんですが、最近になってふとこの出来事を思い出すと、なんだか『ハリー・ポッター』で、お母さんが身を挺してハリーを守るシーンみたいだなぁって思うんですよね。 母も私も無事だったけれど、カメラは動かなくなってしまった。もしかするとあの時、壊れたカメラの「命」みたいなものが、私の中に入ってきたんじゃないかな……なんて思ったりするんです。
私が「別のことを頑張るんだ!」(具体的には、お嫁に行く際に真面目な奥さんになろうと思って趣味を全部捨てました)ってカメラを手放しても、結局引き戻されちゃうのは、この出来事があるからなのかもしれません。運命的に、カメラと私は一緒なんだなって感じています。
私とカメラの物語はまだまだたくさんあるので、また別の機会にこのブログでお話しさせてくださいね。
シングルマザーとして、PTA会長として、そして経営者として慌ただしい毎日ですが、母がくれたこの使命。その道で出会ったお客様。不思議なご縁に導かれていることに感謝して、シャッターを切り続けたいと思います。

